医学怪文書大全付録〜目次へもどる
 「ところで保険医新聞って、だれか読んでる人、いるのだろうか?」
 「そのままごみ箱へ直行するみたい」
 「大切な情報も載せてるのにねえ」
 「硬すぎて、面白くないんじゃないの。なんか気の利いた面白いもの載せたら」
 「そうね、下品に過ぎず、適度に面白くて、開業医の平均年齢に合わせて」
 「注文が多すぎるよ。第一、作家に頼むにしたって、先立つものが」
 「親に先立たれたよ」
 「あ、そういうの、あんたが書いたら」
 というわけで、こんなことになってしまって、もうじき2年。
 だじゃれが多いのはこのため。
 最初の第一号と、最新の第二十三号をここで紹介します。
 ちょっと、医療関係者でないとピンとこないかもしれないので。
 
 え〜、ターヘルアナトミアってご存知? 杉田玄白・前野良沢・中川淳庵が「解体新書」として翻訳した原本です。
 解剖学の教科書ですね。このころの思い出を杉田玄白が書いたのが「蘭学事始」で、福沢諭吉が出版したという
 ことです。フルヘッヘンドがどう云う意味かわからなくて苦労した話が有名で、それのパロディです。
 まあ、解剖の教科書って、大切なんですが、わかりきったことも書いてあるんです。読むとすぐに眠くなっちゃう。
その1(1998年4月号) 「田植穴可覗

 垣芝折多著『偽書百撰』を読んでいたら、自分の書斎にも同じような本があるのに気
付いた。さっそく探したところ『田植穴可覗』という虫喰いだらけの本を発見。著者は
杉野良白。どうやら『タエウエルアナトミヤ』と読むらしい。西洋の解剖学の教科書を
翻訳したものらしく、身体の各部分を解説しているのだが本文は漢字ばかりで読みづら
い。

《黙縷計めるけハ其色白ク而シテ乳内ニアリテ婦人以テ小児ヲ養フ所ノ者也》等とあり、
ミルクは赤ん坊の栄養だと云っているようだが、どうも著者は語学が苦手らしい。
 しかし「あとがき」には、翻訳の苦労話が記述されていて、このほうは面白く、読み
やすい。
 『蘭学事始』に見られる「フルヘッヘンド」を苦労して翻訳した有名な話と似たよう
なエピソードが載っているので紹介しよう。

「ルムビはクルネスの上」と記されている部分が著者にはどうしてもわからず、田舎に
旅した折もそのことが頭の中にあって、鬱々として楽しめない。 

 ある朝、宿の障子の破れ穴から覗くと、外は田んぼで、若い娘が田植えをしているの
が見えた。向こうむきで植えているので、白い下腿部と、絣の着物に包まれた臀部しか
見えない。

《如何いかなる仕儀かとさらに覗くに、かの娘ふと立ち上がり背伸びをなす》と、それま
で、臀部の上は青空であったのが、上半身が視界を遮った。

 その時「ルムビはクルネスの上」の意味が、電光の如く脳中を閃き、我を忘れて障子
を突き倒し、縁側に転び出し、欣喜雀躍し、宿の者をよび、床の間に正座しておもむろ
に訳文をしたためた。

 『腰は尻の上也』

 以上でこの本は終わっているのだが、はたして著者の杉野良白とは如何なる人物なの
だろうか。江戸時代の医者のようでもあるが、どうも胡散臭い。ひょっとして杉田玄白
本人が『解體新書』作成のストレス解消に書いたものなのだろうか。

垣芝折多著の偽書百撰を参考にした架空の書物の紹介です。

 参考文献 ターヘル・アナトミア

 

 え〜、おあとは、ガリバー病。ガリバーさんが病気だったというお話。
 ガリバーさんが横むきで寝ていて、反対向きに寝返りをしたらいろんなことがおきたという。
 やっぱり、医療関係者向きかもしれません。まあ、ためしに読んでみて下され。
その23(2000年2月号) 「ガリバー病」

 ガリバー卿最晩年の主治医I・ヘンダサン博士の執筆。山本九平氏翻訳。史那井出版。

 《胸内違和感を主訴として余の診療を請ふ。卿曰く、愁訴瞬時にして現われ忽然として
消失すること間諜かんちょうの如しと》昔の本なので表現が古臭い。
《かやふな訴えは屡々しばしば神経衰弱と誤診されがちであるが》病の実体が存在すること
も多いと、ガリバー病と命名した博士はいう。この病の診断過程を読むのも勉強になるだ
ろう。

 小人国の後、大人国へも行ったと卿が主張した時にはますます人は怪しみ、家人は精神
病の権威である著名な数人の学者に診せたが、いずれも「神経衰弱」という診立てであっ
た。しかし博士は、ガリバー卿の訴えを注意深く聞いていればもっと早く診断がつき、大
人国、飛び島、さらには馬人国なんかには行かなくてすんだのだという。そういう国へ旅
行したという卿の言動が神経衰弱と診断される根拠ではないのかと思うのだが、ヘンダサ
ン博士は少なくとも小人国へは旅しているのは事実であるという。

 博士の詳細な問診により、小人国から帰ってから主訴が出現するようになり、しかも左
を下に就寝すれば違和感は現われず、《右側臥位にて頻々と》出現するということが判っ
た。また、飛び島から帰った頃には、耳鳴りがひどくなったいうことも明らかになった。

 問診のくだりを紹介する。

博士「耳鳴りの性状を具体的に述べよ」

卿「耳鳴りにあらず。人の声なり。左側下顎周辺より聞こゆ」

博士「その言は明瞭なるや」

卿「不明瞭なり。然れども救助の依頼に似たり」

博士「人の声と体位変換の関係や如何」

卿「左から右側臥位への寝返り時は悲鳴の如し」

博士「蟻走感はありやなしや」

卿「多いにあり。胸内側に感ずること甚だし」

 この問診で《余、忽然とその実態を悟れり》というわけで、博士は卿の胸部X線検査を
する。立位正面と左及び右側臥位で三枚撮影したのだが、左側臥位で左肺野に大豆位の影
を発見する。しかも移動性らしく、他の写真には心臓の陰に隠れて見えない。博士は、右
を下にすると肺門の方へ移動(つまり下に落ちる)して空気の出入りを妨げ、違和感の原
因になったと考える。

《余、拡大鏡にてその影を観察するに及び、診断に誤りなきを確信す》という。この小さ
い影に、頭蓋骨や椎骨・肋骨さらに手足の骨が確認できたのだそうだ。

 ただちにヘンダサン博士執刀のもと胸壁に穴をあけ、異物を除去することに成功する。

 異物と思われたものは小人国の住人で、ガリバー卿がくしゃみをした際に舞いあがり、
そのあと肺の中へ吸い込まれたのだという。

「吸気には気をつけらるるべし」と取り出された小人が言ったという。「大男総身に智恵
がまわりかね」さらに小人のすてぜりふが続く。

「ここは藪多国かえ」

 え〜、これのどこが面白いのかっていうと、左のハイにはいっちゃた小人がですよ、ガリバーが左を下にして寝ると
 引力の法則で左の胸壁に近いところにいるわけですよ。
 で、逆向きになると、右側が下になりなるんだけども、中央に気管やら食道やら動脈やらがあって、右まで行けない
 ので、中央付近にいるというわけです。
 それで気管を圧迫して苦しいとか、で、また左を下にすると、小人が左端へ落っこちちゃうので悲鳴を上げるという、
 ばかばかしいお話で、おあとがよろしいようで。

え〜、付録でした。