医学怪文書大全〜大衆文学の館〜 |
医術忍法帖 |
二回ほど挿し絵を描いていただいた南斎先生宅を訪れた。書庫には古い書物 |
がたくさんある。先生は大変に物持ちが良いらしく、少年時代の読み物も多い。 |
盾川文庫という手のひらに乗るような本を貸していただくことにした。 |
『医術忍法帖』という大正時代の本である。著者は山田風人と記されている。 |
講釈師の演ずるように書かれており、文学の香りはしないが、ルビがふってあり |
読みやすい。真田十勇士の一人猿飛佐助が主人公である。 |
目次を見ると「イデヤ組うちござんなれ」とか「余の腕前を見よヤ」「天下に |
通用しないぞ」などなどなかなか面白そうだ。 |
《虎は死して皮を残し、人は死して名を残す。臀部でんぶの傷には大軟膏だいなんこう |
下る腹には建中湯けんちゅうとう》と調子はよいが、何だかよく判らない書き出しで |
始まる。 各章の始まりはこのような格言じみた文言が並ぶのだが、話の筋とは |
必ずしも一致しない。*注1 |
悪の親玉の狸親父とその家来共が病気の元を世間にばらまくのを、忍術使いの |
猿飛が阻止しようという話なのだ。 |
《月に群雲むらくもの憂いあり、鼻には茸たけの心配あり。寸善尺魔の病の喩たとえ》 |
猿飛も鼻の病に冒されるが、得意の忍法「点鼻とびきりの術」を用い直ちに治し |
てしまう。紆余曲折があり、いよいよ狸親父と決戦となる件を紹介する。*注2 |
《猿飛ヤッと一声掛けたと思ふと 姿がパッと消へ失せた。さすがの狸も密かに |
驚き四辺をキョロキョロ見回してゐると》見えない猿飛に耳を引っ張られたり、 |
鼻を摘まれたりしてついには降参する。 |
《両虎りょうこ相闘ふ時は、一方は傷つき一方は倒る。昨日の敵は今日の友》猿飛 |
は狸親父の身の上を聞くと、もともと悪い狸ではないことが判明する。人間社会 |
に住居を奪われ《よんどころなく人間に病気になって》もらおうとしているとい |
う。(最近聞いたような話だ) |
よく見ると、狸の顔色が悪い。 |
「アイヤ暫く。御身は普通の体ではござるまい。我こそは医術忍法の極意を極め |
た南斎の弟子、猿飛佐助といへる者。ドレ拙者が診て進ぜませふ」ということに |
なり、狸に向かって呪文を唱え印を結ぶ。すると不思議、狸の肛門から、白い紐 |
のようなものが顔を出した。 |
狸は「ハアこれは私が七歳のときまで仲良く遊びし縄跳びの紐でござる」と |
びっくりする。猿飛少しも騒がず、さらにたらいにぬるま湯を入れ、狸の肛門を |
浸すと、紐は少しづつ、たらいの中へと出てきた。紐の全長は十五間余り。 |
「これは縄跳びの紐に化け、汝の腹中に潜入せし虫である。御身おんみの病は全快 |
したぞ」すると狸「ああ忝かたじけない。医は忍術でござる」。 |
この後、九度山にて、この虫を干物にし『真田紐さなだひも』を作ったと書かれ |
ているが嘘だと思う。 |
*注1:建武の中興に活躍した楠正成(大楠公)と、お腹の薬に小,大建中湯という漢方薬があり、 それをもじったらしい。 *注2:昔の講談やマンガに忍術で天狗飛びきりの術というのがありました。それと点鼻薬をかけた という実にくだらない近頃はやらない駄洒落のようであります。 さし絵を見たい方はここをクリックしてください。 *参考文献:猿飛佐助(立川文庫) |
医学ドドイツ考 |
最近、記憶力がとみに衰え、昔習ったドイツ語をすっかり忘れてしまった。 |
そこで、書店へ立ち寄り、医学ドイツ語百科風なのが無いかと探していたら、 |
医学ドイツ語という本を見つけたので、さっそく買ってきた。開いてびっくり |
ドイツ語ではなく『ドドイツ考』であった。 なんだか記憶力ばかりでなく、 |
視力も衰えたらしい。 乱視と近視と老眼とごちゃまぜなのだから仕方がない |
か。しかし、読んで見ると存外面白く、 |
「予定日は いつと聞かれて |
目に涙ため そっと手をやる まるい腹」 |
というドドイツが《おなか》という題で、糖尿病・肥満編に載っている。 |
《循環器科の先生へ》というお題のドドイツは |
「胸を押さえて、しびれるここを |
治せるお方は、あなただけ」 |
なんだか艶っぽい感じである。 |
《風邪の治療》という題では、 |
「熱がでたなら、お医者へお行き |
わたしゃ、あなたに お熱なの」 |
どういう意味だろうか。《食中毒》と言う題では、 |
「カモの料理で、お腹がさわぐ |
またも食べ過ぎ、くだる腹」 |
あゝ新撰組という歌に似ている。 |
「メスで切るのが 外科医の仕事 |
鯉のあらいが なぜ切れぬ」 |
という都々逸に続いて |
「のびた酒のみ、やさしく介抱 |
新人看護婦 苦笑い」 |
侍ニッポン*注をもじったみたい。昔の歌にそっくりなのが多いのは、作者が |
高齢なのだろう。 |
もう少し高尚なのもある。 |
「芋のお酒を、ただただ飲んで |
恨むまいぞえ、肝硬変」 |
酒にまつわるものも多い。都々逸たる所以か。 |
《燗酒》を全文紹介しよう。 |
(アンタ、お医者から止められてるんでショ) |
(ナニ云ってるんダヨオ、いいからはやく持って来い) |
(モウ、どうなっても知らないカラ) |
「肝の病に 秋風しみて |
あわれもよおす 燗の声」 |
(…お燗、できたワヨ) |
なんだかしんみりさせられるが「軒のしずくに」ではじまり「雁の声」で終わ |
る有名な都々逸の真似だろう。 |
掛け合いのようなのもあって、 |
「尻のおできに、いざ言問わん。 じゃまでありんす、あとしまつ」 |
すると、おできが、 |
「顔に出たいは、やまやまなれど、 方向音痴で、間違えた」 |
小生はドイツ語よりもドドイツの方が性に合ってるみたい。 |
なにせドイツ語が、 |
「忘れてくりゃんせ、わたしのことは |
どうせカルテは、日本語よ」ってね。 |
カルテ開示もしなきゃあならないし。 |
*注:人をきるのが侍ならば…伸びたさかやき寂しく…という歌、もう流行りません。 48歳未満お断りのコーナーです。 さし絵を見たい方はここをクリックしてください。 *参考文献:ヤフー・掲示板「どどいつなんぞはいかがでしょう」 どどいつのたくさんあるところへ行ってみませんか?こっちです。 |