医学怪文書大全〜大衆文学の館〜

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                   吾輩は患者である
                                                                      1998年6月(大全その3)

 先日、友人が「もっと患者の気持ちを知らなくてはいけない」と一冊の本を貸して
くれた。『吾輩は患者である』という本で、著者は木野矢眛 (キノヤマイ) という。
 《吾輩は患者である。病名はまだついていない》という書き出しで、訳の解らぬ疾患
に罹患し、診療を受ける顛末がこの後に続く。
 《 いつ発病したのか見当がつかぬ。とにかく頭から湯気が出ると他人から言われる
までは太平楽に過ごしていた。 近所の気難しい医者に行ってみたら、俺にはわからぬ
から他所へ行けと言われて手紙をくれた 》
  頭から水蒸気の出る病気らしい。 小生でもすぐに紹介状を書いたに違いない。
 この後、大病院を受診する。
 《 吾輩はここではじめて大病院の医者を見た。   しかもあとで聞くと研修医という
一番獰悪な種族であったそうだ 》
 これはちょっと著者の偏見だろう。  研修医は 《 吾輩の頭をしばらくなで回して
おった 》 が、 鼻の下に髭を偉そうにはやした医者を呼んできたおかげで、とにかく
しばらく入院することになる。
 《 吾輩は彼等(病院のスタッフ=筆者注)を観察すればするほど、我侭な者だと 断言せ
ざるを得ないようになった。  やれ「明日の朝食は厳禁だ」の、やれ「明後日は小便を
溜めろ」 だの、 吾輩の都合など一切関知しない。
  この前など湯気が吹き出る頭を写真に撮られた。おとなしく協力してやったら 縦横
斜めと何枚も撮った。 あれは仲間の医者に見せて自慢するのに違いない 》
 入院が長引くうち同室の病人とも仲良くなる。 隣のベッドの住人が皮膚病に罹る。
 《 大勢の医者が団体で回診に来て、 赤くなった皮膚の部分をしげしげとながめた後
「これは皮膚科に診てもらわねばならぬ」 といって、ぞろぞろ出て行ってしまった。
 そこで吾輩は 「そこは先日南京虫が噛んだ所じゃないのか。 そんなものは 朝顔の
焼酎漬けでもつけておけばアサッテには痕跡もない」と教えてやった。
 彼は大いに癇癪にさわった様子で「南京虫も判らぬ医者は信用がおけぬ」と、さっ
さと退院してしまった。 おかげで対話する相手もなく退屈至極である 》
 その後もいろいろ検査をするが、結局診断がつかず《 だから、吾輩の頭からはまだ
湯気が出ている 》 という文章で終わっている。
 この本により「頭水蒸気病」と「南京虫刺され病」の患者の気持ちは良くわかった。
               
*参考文献:吾輩は猫である 
   医学怪文書大全〜大衆文学の館〜16

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                   注文の多い診療所
                                                                 1999年7月(大全その16)

 先日、小生の医院に通院中の患者がしばらくぶりに訪れた。北の方を旅行していて
大変恐ろしいめにあったといって、薄い小冊子を見せてくれた。「注文の多い診療所・
西洋診療所・山猫益軒院長」と表に書かれている。 最近体調が良いので、楽しい旅を
しようと列車に乗り、イーハトトンボ駅という乗降客も駅員もいない駅で降りたのだそ
うだ。

 「風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木はごとんごとんと鳴りました。

(どうもさっきから腹が痛い。ああ困ったなあ。どこかに病院がないかしら) 
その時ふと見ますと立派な一軒の西洋造りの診療所がありました。玄関に置いてあった
のがこの冊子です」
 小生も先の診療報酬改訂以来暇を持て余しているのでその小冊子を早速読んでみた。
 《当院は注文の多い診療所ですから、どうかそこはご承知ください》 《注文はずい
ぶんおおいでしょうがこらえてください》《でんせん病やおもい病気のかたはかえって
ください》と変な説明ばかりだ。
 「診療所に入っていきましたが誰もいません。しかたなく、冊子の続きを見ましたら
 《おしっこをコップにとり、台の上にある試験紙で検査してください》《くれぐれも
ハバカリでしてください》 自分で尿を検査したらばいつものように蛋白がでていまし
た。そしたら壁の向こうから、
(ドウダイ。スッカリ元気ダロウ?)と耳障りな声がしました。何となく恐ろしくなり
『いえ、蛋白が出ています』と震え声で答えましたら、がっかりした声が聞こえてきま
した。
(腎臓病ハマズイナア)
(少シ糖ガ出テイル方ガウマイデスヨネエ)
(腎臓病ハオ断リト書イトケバヨカッタ)
(アア、イマ尿ノ検査ヲシタ人、アナタハ、トテモマズイノデ、オ帰リクダサイ)
 外へ出て、駅まで戻り、続きを読んだら、もう顔はくしゃくしゃの紙くずの様になり
がたがたふるえが止まりませんでした。 もう旅行は中止してすぐに帰って来たのです
が、それからずっと具合が悪くて、昨日まで床に臥せっていたのです。今日は気分が良
いので、診察を受けに来ました」
 冊子の続きには、《はだかになって、クリームをぬって、塩とこしょうをかけてくだ
さい》 《風呂に入り、骨が柔らかになるまで我慢してください》《熱いのが嫌な方は
冷たいままいただきますので、手術台にのってください。麻酔をかけますので痛くあり
ません》などと書かれていた。
  
 それにしても、どうして彼は具合が悪い間ではなく、良くなってから来院したのだろ
う。 
 そうそう、小生の医院の看板にも
《重病の方は来ないでください》
と書いてあるんだったっけ。
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*参考文献:注文の多い料理店