医学怪文書大全〜演芸その他の館〜

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                  医話情点滴腕鏡』ゐはなさけやまひのてんまつ
                                                                             1998年6月(大全その3)

 先日、歌舞伎座へ行った。楽屋の入り口に台本らしいものが落ちている。

裏に玉三郎と墨で書かれていたので、後で返すことにして幕間に読んでみた。

*注 
《上手に藁葺きの家。囲炉裏で薪を焚く老爺。部屋に琴糸姫、病に伏せたる
風情にて幕が開》
姫(玉三郎)「アアこう胸が痛くてならぬ。なんぞ良い手だてはないものかい
 のう」
爺(羽左衛門)「オウオウ爺が今お薬を煎じましょう程に。はいはい。チョット
 お待ちをいまいま
「アア苦しい、はやく、はやくしておくれ、あアあア
 そうこうしていると花道の七三に編み笠の坊主姿の男が現れる。
坊(孝夫)「アイヤ暫く、それがしはこの近くで薬師を営む者。門口で聞いた
 話も何かの縁。丁度よくきく薬がござる。ここはそれがしにお任せあ〜れ」
(ト、見得ヲ切ル)
「あなた様はお医者様でありまするのか」
「お疑いとアラバ」と、懐から巻物を取り出し、勧進帳風に音吐朗々と読み
上げる。
「そ〜れつらつらおもんみれば〜(長いので途中略)…かの者に医師免状を
 与え〜る、厚生大臣富樫左衛門。これでも疑い晴れぬとあらば、このまま
 ここから引き帰えもうす」
「マアマア待って下さんせいナア。最前から始終の様子は聞きました。年寄
 りのこと故、どうかお許し下さりませ」
(河内山風)悪に強きは善にもと、世のたとえにもいう通り、爺の嘆きが
 不憫さに、姫の病を助けようと、腹に企みの魂胆も(長いので略)」
 実は、この坊主はニセ医者で、姫をだまして遊里へ売り払おうという魂胆な
のだ。 背中の葛籠から治療道具を出す。点滴の道具だ。このような昔に点滴
などあったのだろうか。 もっとも歌舞伎の時代考証などめちゃくちゃである
とは聞いていたが。とにかく南蛮渡来の眠り薬を点滴に混ぜる。
「ササ、楽になりなせえ」(ト、針ヲ刺ス)
「アア、かたじけない。ありがたい」
  
 この時、柝が鳴って、花道の奥から声あり。
「ニセ医者の、お待ちなせえ」 
ちゃりんと揚幕を開けて勘三郎が扮するこの家の主が出てくる。
坊主少しもあわてず、
「待てとおとどめなせれしは、拙者がことでござるよな」
主人(勘三郎)(幡随院風)さようさ、ニセのお医者のお手の内、あまり
 見事と感心し、思わず見とれておりやした。マア化けの皮が剥がれたこと
 だ。ここはひとつ点滴を、お止めなせえ、お止めなせえ」(見得)
というわけで点滴を中止したのだが、ニセ医者は駆けつけた捕り方に捕まる。
ところが姫、ニセ医者に一目惚れしていて、主人に辛くあたる。
「エエ、口惜しい」(ト爪デ引ッ掻ク)
「姫。そりゃあんまりつれなかろうぜ」
 この台本は、落としたのではなく捨てた物らしい。もとあったところへ置い
ておこう。
 *注:羽左衛門と孝夫は先代。勘三郎が生きていた頃の台本とご理解ください。 
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   医学怪文書大全〜演芸その他の館〜21

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                  深刻劇』
                                                                 1999年12月(大全その21)

 世の中、医者の言うことを聞かない患者は数多い。療養上の指導などには
全く耳を貸さずタバコや酒は飲み放題。これでは困ると、心ある医者の集団
が、病気の深刻さを広く知らしめるために劇団を作って各地をまわったこと
がある。劇団を『深刻劇』という。そこの二大俳優である立見柳太郎と島田
正午の対談集を紹介する。平成五年、劇薬の友社から出版。
   《国定忠治》

島「久しぶりですなあ。立やんとは国立劇場いや国立病院の講堂でしたか、

 それ以来です」

立「お足が弱いと聞いてたが元気か。あん時のだしものは《国定忠治》

 だったか」

島「もう歳ですからな。立やんの忠治は格好が良かったですなあ。ほれぼれ

 しました」

立「しかし、忠治が脳卒中に倒れた場面で、お前が出てきて解説したところ

 は評判悪かったなあ。客はしらけてたぞ」

島「そうそう。塩分制限がいかに大切かと言う話は理解され難いということ

 でありました」
   《一本刀土俵入り》

立「お前が駒形茂兵衛を演ったのは、ありゃあ、いつだったかなあ」

島「まだ太ってた時分だから、昔ですなあ」

立「お蔦からもらった金で腹いっぱい食べようというところで中断して、

 栄養士が肥満予防の食餌療養の話をしたときにゃあ、お客は半分帰っちま

 った。相撲取りの話で肥満の予防は拙かったとおらあ思うね」
   《不如帰》
立「そりゃあそうと水谷は元気か」

島「女医の水谷八重歯か。皺だらけになったと年賀状に書いてありました」

立「いい女だったな。彼女は別の劇団だったのを、お前が借りてきたんだ

 ったな」
島「やはり《不如帰》は美人が出なきゃあ」

立「相手役には大伴柳太郎を抜擢したんだが、あいつは大根だった」

島「川島武男の役。見た目は良かったのだが」
立「大伴は医者をやめて映画俳優になっちまいやがった」
島「《すみれ》だか《ボタン》だかいう映画にでていましたな。草花みたい
 な題名の」
立「そうそう、ラーメンなんか食いやがって、食べ方なんぞえらそうに講釈
 してた」

島「痛味監督の演出なんだから、大伴のせいではあるまい。立やん、水谷に

 惚れてたな」
立「よせやい。しかし、上演前の結核の話は好評だったし、浪子の台詞で
(ああ、人間はなぜ死ぬのでしょう)という場面は感動したぞ。
 場内からも(水谷!)なんて掛け声が」
島「そうだったが、彼女が(千年も万年も生きたいわ)と言った後で、私が
(人間はそう長く生きられはしません。DNAが…)と講釈したら座布団を
  ぶつけられたっけ」
 どうやら深刻劇は、評判経営ともに深刻な事態に陥って解散したらしい。

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