医学怪文書大全〜ハウツー物の館〜

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                   鍼刺極意
                                                                           2000年4月(大全その25)

 患者に「この前の腰痛は近所の鍼治療で治りました。今日は血圧だけ治療して
下さい」と言われた。医者たるもの鍼灸について詳しく知らなくてはならぬと思
い、書庫を探したら、『鍼刺極意』という書物が見つかった。著者は藤枝狽庵と
いう江戸末期の鍼医者である。 前編は漢文で鍼の極意が述べられてい、後編は
実践編であり、現代文で書かれている。この部分は、川波正太郎がわかりやすく
書き直したものだ。昭和五十五年の出版である。
 前編の要点を読み下し文にして紹介する。
 いざ勉強しようとしても《古今の書は浩として滄海の如く》茫然とさせられる
だけなので、実践的な本書を著したという。狽庵先生は江戸から横浜、川越等で
施術し《神出鬼没するが如く、端倪すべからず、遂に之を詳述すれば即ち世人騒
然たり》狽庵先生は実践派のようだ。役に立ちそうだ。
 施術の前は酒は飲むなという。《もし泥酔して施術すれば即ち生死たちどころ
に別れん》飲まずに真剣にやれということである。
《人五尺の体あり、臓腑その内に包み、皮膚その外をまとふ。一視洞察し、生死
たちどころに断ず》狽庵先生は神業の持ち主らしい。
《平生油断すべからず心得べし》
《虚心にして施術すべし。とかく早見えは誤るものなり》 おっちょこちょいは
だめという。
《鍼は妖術なり。失誤せぬように施術するを吾道の大成と云うなり》 先生は
しつこく失敗をいさめておられる。
 実践編は川波正太郎の現代語訳である。
《長兵衛が狽庵を訪ねたのは真夜中である。
 「先生。すっかりおそくなりまして…」
 「いや、かまわないのだ、元締」
 「ここに半金を持って参りました。残りは施術が終わってから…」
 その瞬間の青白い眼の光は、日頃長兵衛が
 「めったに見せぬ…」
 ものであった。》
 なかなか面白そうだ。
 元締から伊豆屋への施術を依頼された狽庵が数日後の深夜、伊豆屋と出会う。
《湯島横町へ向かってほろ酔いで歩いている伊豆屋へ、狽庵はさりげなく声をか
けた。
 「もし、お足元が危のうございますよ」
 思わず振り向いた伊豆屋ののどへ、ぷつりと狽庵の仕掛け鍼が打ち込まれ、倒
れた盆の窪へ二本目の鍼が深々と》
 川波正太郎の現代文の部分は大変に面白い。当時も好評だったと見えて、狽庵
先生の活躍だけを取り上げた本がその後シリーズ化された。今では文庫本になっ
ているので手に入りやすい。
 しかし、どうも鍼治療の本道から外れているようだが…。
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*参考
文献:勿誤薬室方函口訣。仕掛人藤枝梅庵。           
   医学怪文書大全〜ハウツー物の館〜18

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                   有機医療のすすめ
                                                                           1999年9月(大全その18)

 都会では有機野菜を食べるのがはやっている。田舎では有機農業を看板にする
農家が増えている。ところで有機農業とは何だろうか。農作物はそもそも有機体
では無いのか。
 医学界でも『有機医療のすすめ』を書いた人物がいる。英国人でネイチャー・
C・ミー博士である。ヒゲ・五十嵐が翻訳して出版されたと聞いたので、さっそ
く書店に行き、立ち読みしてみた。 訳者のはしがきがあるが、偉そうである。
吾輩がこの本を翻訳したのは世情の無機的状況、就中医療に於けるそれを憂え
ておる為である。有機的天然こそ理想的医療である
 有機的天然の医療とは何だろうか。目次を見ると「現代の病根を癒す」「有機
的秘薬」「誰でも作れる天然の薬」などがある。
 まず「現代の病根を癒す」を読んでみる。
私は環境の重力的無政府状態の中で過ごした半生を回顧する気持ちになった。
数年前まではそれにふれたくない気持ちだった 何を言おうとしているのか
よくわからないが、続きを読むと、C・ミー博士は幼少時から病気がちで、数年
前に薬の副作用で体調を崩して以来、有機医療を研究したというらしい。
現代の病根は社会生活の発育史に基づいている。それは有機医療の最初の証明
である 難解である。とばして「有機的秘薬」を拾い読みしてみよう。
有機的秘薬は二つの考慮によって作られた。勿論、一つは副作用がないことで
あった。もう一つは効果があることであった。それには何の問題もない》
 さっぱり要領を得ない。「秘薬」は黄金色をしているという描写があるが、何
の薬かもはっきりしない。とりあえず「誰でも作れる天然の薬」を読んで、どの
ようなものなのか、作れるものなら作ってみようと思い、ページをめくった。
 《それらの有機物は人体から作成することにより、我々に安全をもたらす。
有機物は殆ど確実に薬物である。我々はよく見守り、最後にクリスマスが来たと
言ったときには、それを証明すること以外に、必要な物は全て手に入れた》
と書かれている。 理解できない。誤訳なのだろうか。
 《無菌的に採取したところの有機物である臀後部の穴から排出されたクリームを
太陽光で固める。腹部の最下端前方から放水される有機液体をもって、それらを
混和し丸薬とする》
 やはり、誤訳らしい。
 それにしても翻訳しているヒゲ・五十嵐は大学でも英語の講師をしていた人物
でもあるというのに、どうしたことだろうか。ネイチャー・コールズ・ミー博士
の推奨する天然の薬を服用して、副作用でも起こしたに違いない。
 書店の本棚に戻しておこう。
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*参考
文献:推理する医学。