| 医学怪文書大全〜ハウツー物の館〜 |
胃内視鏡の上手な呑み方 |
| 胃ファイバースコープのケースを整理していたら、ふたの裏から『胃内視鏡の上手 |
| な呑み方』という薄い本がでてきた。著者は鵜野美代という。文章から上品なご婦人 |
| のように推察される。『呑ませ方』ではないのは、待合室にでも置いて患者の啓蒙に |
| 利用させようというメーカーの深謀遠慮なのだろうか。 |
| 《 貴方は初めてでしょうが、妾はもう三十回も呑みましたので ちっとも怖いことなど |
ありませんのよ》などとすこぶる解りやすい文章である。全体は四章にわかれている。 |
第一章は前夜の過ごし方。 |
| 《 前の晩は早寝をして 決して夜更かしなどしてはなりません 》など細々した注意が |
| 多い。 |
第二章は呑む前の処置。 |
| 《 喉の麻酔は充分にするのがよございます。顔を傾げて 横のいい男に目を奪われて |
| いると効きが悪くて 呑むのに難渋いたします。胃の動きを止めるお注射は 少々痛う |
| ござんすが、これも貴方のお為でありますから、じっと我慢するでありんす 》 鵜野 |
美代女史はいったい何を職業としている人なのだろうか。 |
第三章は上手な呑み方。 |
| この章がメインらしく、懇切丁寧に述べられている。一部を抜粋して見よう。 |
《 お体の力をおぬきになってお優しい先生をご信頼申し上げることが肝要ですのよ》 |
なるほど、待合室に置いてみようかしらん。 |
| 《 喉の奥まで入れていただいたら、あとは自分から ゴックンと 思いっきり呑んで |
| しまうことですわ。チョットは嫌な感じですけれど、先の方が入り口を通ってしまえ |
| ば、もう楽なんでありんす》またもや変な言葉遣い。今どきこんな言葉は聞いたこと |
| がない。待合室には不適当かもしれない。 |
《 ベテランの先生はとてもお上手で、ご親切で、お優しくて、ご誠実で……略……》 |
| 《 お若い方は たいがいせっかちなんですの。妾なども、それでとても痛いめに遭い |
| ました。でも、先週呑ませていただいた先生は お若いのにとてもお上手でしたわ。 |
| まあ、そのような先生はめったにおりませんから、ベテランの先生のほうが 刺激が |
少なくて楽ですわ 》 |
鵜野女史の本心は若い方が好みのようだ。 |
第四章は事後の心得。 |
| 《終わった後は先生の目をじっと睨むとよいでありんす。すると先生は、なんとなく |
| 後ろめたく感じるようで「苦しくはなかったですか」などと お優しいお声をおかけ |
くださいますわ》 |
| やはりふたの奥へしまっておこう。 |
| さし絵を見たい方はここをクリックしてください。 *参考文献:特になし。 |
医者にかからずにすます法 |
| 並木平三が著した『医者にかからずにすます法』という本を見つけた。質の悪い紙が |
| 黄色に変色した本で戦時中に書かれたものらしい。医療費削減が叫ばれる折りから、厚 |
| 生省や保険者が参考にする恐れもあるので、我々も一読すべきと思い、紹介する。 |
| まず、「緒言」 |
| 《世人医ヲ以テ衆病ニ応ジ難キヲ謂フ。然アレバ自己ノ才覚ヲ以テ病魔ヲ退散セシムル |
| ニ云々》とあり、かなり格調高い漢文調である。 |
| 《一般ニ漢籍的知識低下セシ現今ナレバ 読者ニハ難解ナル所ナキニシモアラズト思考 |
| シ》本文は一転して口語調である。此の方が小生も楽というものである。 |
| 《かぜや腹いたで医者になどかかるのは軟弱な証拠です。平素からうがひを励行し、乾 |
| 布摩擦をかかさぬやう、心身倶に鍛えませふ》 |
| 至極真面目な書きだしであるが「病気を治すと不経済である」と意外な説を並木氏は |
| 唱えている。《もし、鼻汁が多量に出るなら、瓶に採っておき、封筒の糊にすると便利 |
| である。筆者は生まれてこのかた糊を購入したことがありません》成程、便利かも知れ |
| ない。 |
| 《腹いたになったら喜びませふ。厠の回数と肥やしの量は比例するのですから、医者に |
| かかって治しては、勿体ない》 |
| 並木氏はもっと重篤な病気でも医者の治療は必要ないという。 |
| 《赤痢やコレラが、かぜや腹いたと比較して余りに重症であるといふ理由から、医者に |
| 診せなければならぬといふ法はない。平素鍛練の少ない怠惰の輩にかやふの病に倒れる |
| 者が多いのです》と述べ、病気になる者は鍛練が不足していると主張している。 |
| 《軟弱な者は国家の敵である。外国に於いても、イタリーのムッソリニーは絶えず青少 |
| 年を激励して身体を鍛え、ドイツのヒットラーも曲十字のもと団体訓練にいそしんでゐ |
| る》などと、文章も突然居丈高になって |
| 《赤痢やコレラも訓練すれば、肉体の防衛堤により体内に入ること能わず。もし罹患す |
| るやうなことがあっても精神力で糞便とともに便壷へと捨て去るのみ》と勇ましいが、 |
| どうも文章の調子が混乱しているのは戦局の厳しさの反映か。 |
| 最後にまた柔らかな口語調に戻って、 |
| 《医者にかからなければお金もかかりません。余ったお金は決して娯楽に使ってはなり |
| ません。蓄音機やレコードよりも、軍艦や戦闘機が大切です。お国のために提供しませ |
| ふ》 |
| 奥付を見ると昭和十八年十月三十日発行の本である。現在の医療情勢の参考にはなら |
| ないので、安心した。 |
| *参考文献:皇漢医学。 |