学怪文書大全〜辞典医・雑誌の館〜 |
進化論 2000年10月(大全その31) |
酔うと顔が赤くなる。この現象を、酒を飲むと先祖返りをするので人間の祖先 |
は猿である証拠なのだと『酒の起源』に書いてあるというが、小生は未だ読んだ |
ことがない。*注『四季牡丹』という酒造業者がずいぶん昔に書いたのだという。 |
その『酒の起源』をもとに書かれたのが『進化論』である。茶留守駄院という、 |
酒粕を御神体とする新興宗教家の著作。縮小の家から出版。 |
『進化論』は『ビール二合後悔記編』と『自然洗濯編』の二部構成である。 |
まず、旅に出るきっかけが書かれている後悔記編。 |
《二日酔ひで気色が悪ゐ。むかへ酒を飲まふと思ふたが生憎一滴もなゐ。 |
昨夜飲んでしもふたのだ。はうばう探すと、部屋の片隅にビール瓶が数本倒れて |
ゐるのを見つけ、少しづつ残ってゐるのを集めたら二合ほどになりぬ。やれ嬉し |
やと飲み干せばたちまちに嘔吐す。》 |
このときの心境を、後に記者にインタビューされ |
「今まで生きてきたなかで一番苦しい思ひをしました」と答えたそうである。 |
ということで、大変反省をし、酒というものの正体を見極めようと、『酒の起 |
源』を読んで何かしら感ずるところがあり、旅に出たのだという。旅の途中、 |
さまざまな事象に遭遇したことが事細かに書かれているが、紙数の関係で省略す |
る。これらの総括が次章の『自然洗濯編』である。諸国を航海し、さまざまな酒 |
を研究した様子が書かれている。 |
英国のスコッチ、仏国のワイン、独国のビール、露国のウォッカなどなど有名 |
どころはもちろん、世間に知られていない国の酒も熱心に研究したようである。 |
茶留守先生の大変お気に入りは、某国の『口噛み酒』であったようで、かなり |
の紙数を割いている。眉目秀麗にしてなお妙齢の女性が目の前の芋を口に頬張り |
一心不乱に噛むのであるが、 |
《小鼻のあたり汗にぬれ、頬の動くさまいとうるはし》 |
などと描写も微に入り細を穿つ。それを壷にためておくと、唾液中の酵素により |
澱粉が糖化し、野生酵母によりアルコール発酵するのだ。 |
この口噛み女と先生の会話が記されているので一部を紹介しよう。第31回世界 |
口噛み酒選手権大会で銀メダルを獲得した女性なのだそうだ。 |
《かよふな美酒ができる秘訣は有りや》という問に、体調にも拠ると答えて、 |
選手権の感想を《途中、あごが痛くてとても苦しかったですが頑張れました。 |
結果は銀メダルでしたが、はじめて自分をほめたいと思います》と述べている。 |
茶留守先生は、この酒が大変気に入ったらしく日本に帰国してもこの『口噛み |
酒』を探し歩き、ついにある造り酒屋でめぐり合う。 |
《さすがに美女の口噛みは違ふ》と、さっそく一升ほど飲んだところ「酒作りは |
女人禁制なので、私が噛みました」と、髭面の虫歯だらけの杜氏が答え、茶留守 |
先生は悪酔いする。 |
《気がつけば道端の雑草に横たわる己の姿》というわけで、側の小川で小間物が |
付着した衣服を水洗いすると新品同様となる。洗濯は口噛み酒と胃酸が一番であ |
るというのが先生の結論であった。 |
《これぞ洗剤を使用せぬ自然洗濯である》 |
ところで、どこが進化論なのだろうか。 |
変な酒を飲まず、進化した四季牡丹を飲みなさいということなのだろうか。 |
*注:四季牡丹は、架空の酒です。似たような名前の酒もありますが、モデルでもなんでもない ことを、ここにお断りしておきます。 挿し絵を見たい方はここをクリックしてください。 *参考文献: 種の起原・ビーグル号航海記 |
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