学怪文書大全〜辞典医・雑誌の館〜

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                  医療骨董全書
                                                                          1998年10月(大全その7)

 以前に四股聴診器*医生心得帖を現像してくれた写真屋さんが「こんな本がありま
すが、医学の参考になるでしょうか」と六巻もある古い本を貸してくれた。
 医療に関する骨董の本らしい。昭和三年に発行、著者は中縞誠之助という。
 《骨董と云へば種々雑多の古道具に過ぎぬけれども、吾々が見地からすれば 古
ければ古いほど珍重の度を増し、新しければ新しきほど其度が減ずるのである。
医療骨董全書と云ふは医療の事どもを収めて漏さぬが故である。千古の昔に遡り
て斯道を研究する学者の資料とならば 此書の能事終はれるのである》
 骨董の世界は品格がある。昨今のブームも故なしとしない。
 目次をみると古文書、玉器、石器、土器、陶磁器などに分類されていて調べや
すい。
 古文書編には「傷寒論」等々 学術的価値の高いものや、よく判らない物など
いろいろ記載されている。「紫式部疲労性指関節痛手当の図」というのがあり、
宇治十帖を書き上げた直後に湿布されている様が描かれている。
 「月経困難の小野小町の処方箋」を見ると、
 《小野小町 三十歳 牡丹皮一両、桃仁十個
  右二味煎じて服用すべし。曲直瀬道三処方》
 この時代に処方箋があったとは。医薬分業していたのだろうか。 少しく怪しげ
なので後はとばして、石器編をひもとこう。
 《凡そ石器時代は人智尚幼稚で、金属を使用することを知らず》と説明があり
打製石器の打腱器や手術用メスなどが載っている。
《古代人は頑健かつ巨大である。この打腱器を現代の患者に使用すると膝・アキ
レス腱を痛め手首を骨折せしむ》と注意書きがある。
 その他の部門も、本文が八六四ページもあるので玉石混淆なのだが、その中で
興味深い物を幾つか紹介しよう。
弓削の道鏡の溲瓶しびん  立派な磁器製で《 やんごとなき方からの病気見舞
   》と箱書きがある。 普通の溲瓶と異なり、蚊取線香を入れる豚が 大口を
  あけた様な形態をしているのは、道鏡専用に特別に製作させたためらしい。
弁慶の気付け薬  衣川の河原に落ちているのを梶原某が拾ったという。
  容器に弁慶と名前が入っているので間違いないとされている。立ち往生の際
  に用いたらしい。
伊能忠敬愛用の鍼はり  長さ1センチ位しかなく、説明に《足三里に毎夕自ら
  施鍼。先端鈍麻し研ぐこと数百度を数ふ。遂に摩耗し三分ばかりとなりぬ》
  とあり、すり減ったらしい。
近藤勇の入れ歯  《近藤氏池田屋討ち入り終わって帰る際 歯の欠けたるに
  気づき直ちに傍らの蒲鉾の板を削りて修繕す》説明図を参照したら、高下駄
  の歯が欠けたのを入れ替えたということである。「入れ歯」というだけで、
  機械的に本書におさめたらしい。
 多少正確性に欠けるようだ。*注
 *注:こういうのって、道鏡は風呂へ入る時音が三回した、なんていうヨタばなしを知っている
  年齢でないと、通じない話なのかもしれませんね。
  うけたおかたは教養人? 単なるお年寄り?
 
                                           
挿し絵を見たい方はここをクリックしてください。
*参考文献: 和漢骨董全書
   学怪文書大全〜辞典医・雑誌の館〜14

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                  アアそうかい
                                                                          1999年5月(大全その14)

 近ごろ 健康雑誌が巷に氾濫しているが、昔も同様の雑誌が雨後の竹の子の
ように出版された時代があった。いい加減な記事が多く、三号ぐらいで廃刊
してしまうので、かすとり雑誌とも呼ばれていたらしい。この 『アアそうか
い』は昭和二十三年十一月発売の第三号と 薄汚れた表紙にあるのを古本屋で
見つけた。
 目次を見ると「 満腹になる脅威のつぼ」「みるみる太る呼吸法の秘密
「米のとぎ汁利用法」など当時の食料事情がしのばれる。
「太る呼吸法」という内容を見ると《吸う息よりも はく息の量を少なくする
とだんだん太ります》というような怪しげな内容だ。
 その中で「健康な生活と空腹の関係」という、 至極まじめな記事があるの
で紹介しよう。林米医学博士の署名がある。
 《私は今空腹である。しかし 大東亜戦争中の国民大衆の辛苦を顧みて、空
腹ぐらひでへこたれてはならぬといふ信念を持しているので 水を飲んでしの
いでゐる。 しかし、「空腹は健康の素」といふ諺もあるやうに、必ずしも飢
餓状態が悪い事ではない。断食療法といふ治療法も医学会には 存在するのだ
から》
 林博士は負け惜しみが強い性格のようだ。
 《健康とは何ぞや。病気ではなゐことなのか。 否、己の内的常態にくもり
ある無しといふ自信を他人に被靂し得る 精神的身体的健康を有して在ること
ではなゐのか。 就中、名古屋駅前養洋軒のハヤシライスを美味とする感性を
有する個体を条件とすることあたわざる無しと云わざるを得ぬと 主張せんと
するものである》
 頭がこんがらがってきた。もっと実践的な記事は無いのかと 目次を眺める
と「工夫一つでリッチな食卓」というのがあった。 家事生活評論家の真名イ
タ子が担当している。
 《政府の配給だけでは、私たちは ますます貧困な食生活を送らなくてはな
りません。でも 工夫一つで粗食もご馳走になります。こんな時節でございま
すから、たくわんはなるべく黄色に漬けませう。 すこし分厚くお切り遊ばし
て厚焼きの卵焼きと見立てませう》
 どこかで聞いたことのある話しだが。
 《大根を輪切りにしてお湯で煮ます。 お召しあがりのときは 半分に切り、

板の上に立てて並べまして、かまぼこに見立てませう》

 寄席で聞いた『長屋の花見』ではないのか。
 最後のページを見ると《『アアそうかい』は本号をもって廃刊となります。
未曾有の混乱を来した先の大戦も終わり、これからの平安な日本の大衆の健康
に少しでもお役に立てたなら気分『壮快』であります》。
  
 アア、そうかい。
 
                                       

*参考文献: 壮快