| 学怪文書大全〜辞典医・雑誌の館〜 |
医療骨董全書 |
| 以前に四股聴診器*医生心得帖を現像してくれた写真屋さんが「こんな本がありま |
| すが、医学の参考になるでしょうか」と六巻もある古い本を貸してくれた。 |
| 医療に関する骨董の本らしい。昭和三年に発行、著者は中縞誠之助という。 |
| 《骨董と云へば種々雑多の古道具に過ぎぬけれども、吾々が見地からすれば 古 |
| ければ古いほど珍重の度を増し、新しければ新しきほど其度が減ずるのである。 |
| 医療骨董全書と云ふは医療の事どもを収めて漏さぬが故である。千古の昔に遡り |
| て斯道を研究する学者の資料とならば 此書の能事終はれるのである》 |
| 骨董の世界は品格がある。昨今のブームも故なしとしない。 |
| 目次をみると古文書、玉器、石器、土器、陶磁器などに分類されていて調べや |
| すい。 |
| 古文書編には「傷寒論」等々 学術的価値の高いものや、よく判らない物など |
| いろいろ記載されている。「紫式部疲労性指関節痛手当の図」というのがあり、 |
| 宇治十帖を書き上げた直後に湿布されている様が描かれている。 |
| 「月経困難の小野小町の処方箋」を見ると、 |
| 《小野小町 三十歳 牡丹皮一両、桃仁十個 |
| 右二味煎じて服用すべし。曲直瀬道三処方》 |
| この時代に処方箋があったとは。医薬分業していたのだろうか。 少しく怪しげ |
| なので後はとばして、石器編をひもとこう。 |
| 《凡そ石器時代は人智尚幼稚で、金属を使用することを知らず》と説明があり |
| 打製石器の打腱器や手術用メスなどが載っている。 |
| 《古代人は頑健かつ巨大である。この打腱器を現代の患者に使用すると膝・アキ |
| レス腱を痛め手首を骨折せしむ》と注意書きがある。 |
| その他の部門も、本文が八六四ページもあるので玉石混淆なのだが、その中で |
| 興味深い物を幾つか紹介しよう。 |
| 弓削の道鏡の溲瓶しびん 立派な磁器製で《 やんごとなき方からの病気見舞 |
| ひ 》と箱書きがある。 普通の溲瓶と異なり、蚊取線香を入れる豚が 大口を |
| あけた様な形態をしているのは、道鏡専用に特別に製作させたためらしい。 |
| 弁慶の気付け薬 衣川の河原に落ちているのを梶原某が拾ったという。 |
| 容器に弁慶と名前が入っているので間違いないとされている。立ち往生の際 |
| に用いたらしい。 |
| 伊能忠敬愛用の鍼はり 長さ1センチ位しかなく、説明に《足三里に毎夕自ら |
| 施鍼。先端鈍麻し研ぐこと数百度を数ふ。遂に摩耗し三分ぶばかりとなりぬ》 |
| とあり、すり減ったらしい。 |
| 近藤勇の入れ歯 《近藤氏池田屋討ち入り終わって帰る際 歯の欠けたるに |
| 気づき直ちに傍らの蒲鉾の板を削りて修繕す》説明図を参照したら、高下駄 |
| の歯が欠けたのを入れ替えたということである。「入れ歯」というだけで、 |
| 機械的に本書におさめたらしい。 |
| 多少正確性に欠けるようだ。*注 |
| *注:こういうのって、道鏡は風呂へ入る時音が三回した、なんていうヨタばなしを知っている 年齢でないと、通じない話なのかもしれませんね。 うけたおかたは教養人? 単なるお年寄り? 挿し絵を見たい方はここをクリックしてください。 *参考文献: 和漢骨董全書 |
アアそうかい |
| 近ごろ 健康雑誌が巷に氾濫しているが、昔も同様の雑誌が雨後の竹の子の |
| ように出版された時代があった。いい加減な記事が多く、三号ぐらいで廃刊 |
| してしまうので、かすとり雑誌とも呼ばれていたらしい。この 『アアそうか |
| い』は昭和二十三年十一月発売の第三号と 薄汚れた表紙にあるのを古本屋で |
| 見つけた。 |
| 目次を見ると「 満腹になる脅威のつぼ」「みるみる太る呼吸法の秘密 」 |
| 「米のとぎ汁利用法」など当時の食料事情がしのばれる。 |
| 「太る呼吸法」という内容を見ると《吸う息よりも はく息の量を少なくする |
| とだんだん太ります》というような怪しげな内容だ。 |
| その中で「健康な生活と空腹の関係」という、 至極まじめな記事があるの |
| で紹介しよう。林米医学博士の署名がある。 |
| 《私は今空腹である。しかし 大東亜戦争中の国民大衆の辛苦を顧みて、空 |
| 腹ぐらひでへこたれてはならぬといふ信念を持しているので 水を飲んでしの |
| いでゐる。 しかし、「空腹は健康の素」といふ諺もあるやうに、必ずしも飢 |
| 餓状態が悪い事ではない。断食療法といふ治療法も医学会には 存在するのだ |
| から》 |
| 林博士は負け惜しみが強い性格のようだ。 |
| 《健康とは何ぞや。病気ではなゐことなのか。 否、己の内的常態にくもり |
| ある無しといふ自信を他人に被靂し得る 精神的身体的健康を有して在ること |
| ではなゐのか。 就中、名古屋駅前養洋軒のハヤシライスを美味とする感性を |
| 有する個体を条件とすることあたわざる無しと云わざるを得ぬと 主張せんと |
| するものである》 |
| 頭がこんがらがってきた。もっと実践的な記事は無いのかと 目次を眺める |
| と「工夫一つでリッチな食卓」というのがあった。 家事生活評論家の真名イ |
| タ子が担当している。 |
| 《政府の配給だけでは、私たちは ますます貧困な食生活を送らなくてはな |
| りません。でも 工夫一つで粗食もご馳走になります。こんな時節でございま |
| すから、たくわんはなるべく黄色に漬けませう。 すこし分厚くお切り遊ばし |
| て厚焼きの卵焼きと見立てませう》 |
| どこかで聞いたことのある話しだが。 |
| 《大根を輪切りにしてお湯で煮ます。 お召しあがりのときは 半分に切り、 |
板の上に立てて並べまして、かまぼこに見立てませう》 |
| 寄席で聞いた『長屋の花見』ではないのか。 |
| 最後のページを見ると《『アアそうかい』は本号をもって廃刊となります。 |
| 未曾有の混乱を来した先の大戦も終わり、これからの平安な日本の大衆の健康 |
| に少しでもお役に立てたなら気分『壮快』であります》。 |
| アア、そうかい。 |
| *参考文献: 壮快 |