医学怪文書大全〜辞典・雑誌の館〜 |
明快 医療用語辞典 |
新しく事務職を採用したら、医療用語が理解できないと言う。 |
そこで、金大地幸助編集の『 明快医療用語辞典 』を購入した。 自分でも |
あやふやな用語を確かめるべく拾い読みしたのだが、いくつかを紹介しよう。 |
*インフォームド・コンセント(名詞)説明と同意のこと。心電計のプラグ |
を差し込んではいけない。 単に説明の後に患者の捺印をもらうことで |
はない。 患者はこの辞典を持っていないのだから、専門用語を使用し |
ない説明を受ける権利を持つことが前提である。 某放送局主催の話し |
方教室に通う医者が、最近増えたそうだ。 |
*カルテ(名詞)診療録のこと。処置、検査、薬剤及び病状を記入する。 |
一般に臨床医は字が下手なうえに乱雑で、本人にさえ読めないことが |
あるらしい。速く書こうと、早稲田式速記の如く書く者もいたのだが、 |
近年は患者に見せることが多くなり、ペン習字の通信教育を受講する |
医者が多い。 |
*血圧計(名詞)血圧を計測する器具。水銀柱とデジタル式の物とがある。 |
傍らにうら若い看護婦がいると、男性の場合は高く計測され、女性の |
場合は低くなりがちであるので、自宅での測定が勧められる。 |
*ステる(自動詞)死亡する。ドイツ語のステルベンを日本語化したもので |
「命を捨てる」が語源ではない。《例・彼は深夜にステりました》 |
ラ行五段活用。但し、命令形はない。 また《ああ、私ステります、 |
ステります》とは使用しない。 |
*専門医(名士)一つの分野に精通し、深い知識と確かな技術を持つ医師。 |
患者と他の医師の尊敬の眼差しが注がれることが多い。一方、専門外 |
の疾患には全く知識が無く、そのことを恥と思わない医師。 |
*専門医制度(複合名士) スタンプやシールを集める小学生の趣味のよう |
な制度。点数制が多い。また、家元にお免状をいただく華道や茶道の |
制度とも似ている。 |
*レセコン(名詞) レセプト作成専用のコンピュータのこと。 市販のパソ |
コンの方が性能が良くてはるかに廉価である。 しかも年に一、二回 |
診療報酬改定があり、そのたびにパソコン一台分位の費用がかかる。 |
古い病名が残りがちで、新しい病名の入力を忘れることがあり、マス |
コミから「不正請求だ」と追求される原因をつくる。 |
詳細な説明のため分厚いが、ずいぶん主観が入っていそうだ。新規採用者に |
偏った知識を植えつけそうで、心配である。 |
挿し絵を見たい方はここをクリックしてください。 *参考文献: 明解国語辞典 |
苦楽の手帖 |
母の遺品を整理していたら、柳行李の中に、古い『苦楽の手帖』が十冊以 |
上入っていた。編集長花林モリ女史が作っていた季刊雑誌である。 |
古い手帖に記されている、昔苦楽をともにした友人を訪ね歩くエピソード |
が毎号冒頭に載っている。若い頃正義漢だった産婦人科医が、今では守銭奴 |
になり下がっていたり、生真面目だった歯科医が痴呆症になり花林女史の顔 |
も判らないなど、人生の哀感がにじみ出ている読み物である。なかでも彼女 |
がかつて、淡い恋心を抱いていた精神科医を訪ねて行く話が印象深い。彼は |
重症の痔疾患に罹患していて、タラバガニの如く歩行し、女史に幻滅の悲哀 |
を味わわせてしまう。 |
花林編集長が亡くなったのはだいぶ前のことである。しかし、冒頭のこの |
エピソードは時代を超えて感動を与えずにはおかない。 |
毎回のメインテーマは、様々な器具のテストである。スポンサーがついて |
いない雑誌なので、なかなか辛辣なコメントが記されていて小気味良い。 |
1966年春季号で、聴診器の性能試験が取り上げられているので紹介する。 |
「聴診器をテストする」と題して、見出しは、《バイ菌が着くのは困る》 |
《形は同じでも、違う聴診器だった》《それにしてもじゃまで面倒》など。 |
会社の実名をあげて聴診器が批評されている。差し支えがあるのでA〜E社 |
とする。 |
《A社製をお薦めするのは、耳の穴に入れる部分が柔らかくて使い心地が良 |
いからです。その点、D社は固くてその上ネジ込みの部分が外れやすく、危 |
険でした。本テスト中にも三回先端が外れてしまい、三人の医師が鼓膜に傷 |
を負い大出血をきたし、耳鼻科のお世話になりました。E社の聴診器は手頃 |
ですが、余りにもチューブの部分が短かすぎます。乳房の大きい人の心音を |
聴くときに大変困ることになりそうです。逆にB社製の場合は長すぎて、背 |
の低い医者が使用すると床に触れて不潔です》 |
最後に健康のページ。花林編集長自らが筆をとり《今までは、カロリーを |
充分に摂りましょうと言ってきましたが、これからは食べすぎに注意するよ |
うな時代が来るかもしれません》等と記されている。翌年、マーガリンの消 |
費量がバターを追い抜くことになる。 |
花林編集長が亡くなって、手帖の友人を訪問する物語はもう載っていない |
が『苦楽の手帖』は今も発刊され続けている。わが家でも、母がいなくなっ |
た後も何だか知らないが定期購読をお断りしなかったため、誰かしら、ずっ |
と読み続けている。 |
*参考文献: 暮しの手帖 |