医学怪文書大全〜辞典・雑誌の館〜

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                 明快 医療用語辞典
                                                                    1998年9月(大全その6)

 新しく事務職を採用したら、医療用語が理解できないと言う。
 そこで、金大地幸助編集の『 明快医療用語辞典 』を購入した。 自分でも
あやふやな用語を確かめるべく拾い読みしたのだが、いくつかを紹介しよう。
 
*インフォームド・コンセント(名詞)説明と同意のこと。心電計のプラグ
     を差し込んではいけない。 単に説明の後に患者の捺印をもらうことで
     はない。 患者はこの辞典を持っていないのだから、専門用語を使用し
     ない説明を受ける権利を持つことが前提である。 某放送局主催の話し
     方教室に通う医者が、最近増えたそうだ。
*カルテ(名詞)診療録のこと。処置、検査、薬剤及び病状を記入する。
     一般に臨床医は字が下手なうえに乱雑で、本人にさえ読めないことが
     あるらしい。速く書こうと、早稲田式速記の如く書く者もいたのだが、
     近年は患者に見せることが多くなり、ペン習字の通信教育を受講する
     医者が多い。
*血圧計(名詞)血圧を計測する器具。水銀柱とデジタル式の物とがある。
     傍らにうら若い看護婦がいると、男性の場合は高く計測され、女性の
     場合は低くなりがちであるので、自宅での測定が勧められる。
*ステる(自動詞)死亡する。ドイツ語のステルベンを日本語化したもので
     「命を捨てる」が語源ではない。《例・彼は深夜にステりました》
     ラ行五段活用。但し、命令形はない。 また《ああ、私ステります、
     ステります》とは使用しない。
*専門医(名士)一つの分野に精通し、深い知識と確かな技術を持つ医師。
     患者と他の医師の尊敬の眼差しが注がれることが多い。一方、専門外
     の疾患には全く知識が無く、そのことを恥と思わない医師。
*専門医制度(複合名士) スタンプやシールを集める小学生の趣味のよう
     な制度。点数制が多い。また、家元にお免状をいただく華道や茶道の
     制度とも似ている。
*レセコン(名詞) レセプト作成専用のコンピュータのこと。 市販のパソ
     コンの方が性能が良くてはるかに廉価である。 しかも年に一、二回
     診療報酬改定があり、そのたびにパソコン一台分位の費用がかかる。
     古い病名が残りがちで、新しい病名の入力を忘れることがあり、マス
     コミから「不正請求だ」と追求される原因をつくる。
 
 詳細な説明のため分厚いが、ずいぶん主観が入っていそうだ。新規採用者に
偏った知識を植えつけそうで、心配である。
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*参考文献: 明解国語辞典
   医学怪文書大全〜辞典・雑誌の館〜13

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                 苦楽の手帖
                                                                    1999年4月(大全その13)

 母の遺品を整理していたら、柳行李の中に、古い『苦楽の手帖』が十冊以
上入っていた。編集長花林モリ女史が作っていた季刊雑誌である。
 古い手帖に記されている、昔苦楽をともにした友人を訪ね歩くエピソード
が毎号冒頭に載っている。若い頃正義漢だった産婦人科医が、今では守銭奴
になり下がっていたり、生真面目だった歯科医が痴呆症になり花林女史の顔
も判らないなど、人生の哀感がにじみ出ている読み物である。なかでも彼女
がかつて、淡い恋心を抱いていた精神科医を訪ねて行く話が印象深い。彼は
重症の痔疾患に罹患していて、タラバガニの如く歩行し、女史に幻滅の悲哀
を味わわせてしまう。
 花林編集長が亡くなったのはだいぶ前のことである。しかし、冒頭のこの
エピソードは時代を超えて感動を与えずにはおかない。
 毎回のメインテーマは、様々な器具のテストである。スポンサーがついて
いない雑誌なので、なかなか辛辣なコメントが記されていて小気味良い。
 1966年春季号で、聴診器の性能試験が取り上げられているので紹介する。
 「聴診器をテストする」と題して、見出しは、《バイ菌が着くのは困る》
《形は同じでも、違う聴診器だった》《それにしてもじゃまで面倒》など。
会社の実名をあげて聴診器が批評されている。差し支えがあるのでA〜E社
とする。
《A社製をお薦めするのは、耳の穴に入れる部分が柔らかくて使い心地が良
いからです。その点、D社は固くてその上ネジ込みの部分が外れやすく、危
険でした。本テスト中にも三回先端が外れてしまい、三人の医師が鼓膜に傷
を負い大出血をきたし、耳鼻科のお世話になりました。E社の聴診器は手頃
ですが、余りにもチューブの部分が短かすぎます。乳房の大きい人の心音を
聴くときに大変困ることになりそうです。逆にB社製の場合は長すぎて、背
の低い医者が使用すると床に触れて不潔です》
 最後に健康のページ。花林編集長自らが筆をとり《今までは、カロリーを
充分に摂りましょうと言ってきましたが、これからは食べすぎに注意するよ
うな時代が来るかもしれません》等と記されている。翌年、マーガリンの消
費量がバターを追い抜くことになる。
 花林編集長が亡くなって、手帖の友人を訪問する物語はもう載っていない
が『苦楽の手帖』は今も発刊され続けている。わが家でも、母がいなくなっ
た後も何だか知らないが定期購読をお断りしなかったため、誰かしら、ずっ
と読み続けている。
                                          
*参考文献: 暮しの手帖