(一転して鮮やかなカラーの画面)・・・*BGM終わってない方は■で停止すること。
ぬけるような青空。
大きな川の土手。
袖を通さずに上着を両肩にはおって、寅が気持ちよさそうに土手の上に座っている。
向こうから舟が近づく。
袈裟を着ている老人が櫓を漕いでいる。
寅 「お〜い、和尚さ〜ん! あけましておめでとぉ〜!
本年も、きょうこうばんたんよろしくおひきまわしの程、お願い致しま〜す!」
和尚 「お〜、とら〜! おめでとう〜! いま、そっちに、着けるぞ〜!」
小さい女の子が乗っている。
女の子は真剣な表情で舟の縁をつかんで川面を見ている。
そのつかんでいる手のアップ。
指先がすすけている。
寅のそばに舟がつき、女の子が降りる。
降りる足のアップ。
片方の足は裸足。
もう片方は、ぶかぶかの靴。
寅 「住職! のん気な顔してねぇで探してやんな。
そこら辺に落っこってやしねぇかい? もう片っ方の靴。
嬢ちゃん、こわかったろう?
この坊さん、舟を漕ぐのが下手だからねぇ。
住職! 途中で川へ落っことしちゃったんじゃねぇのかい?」
和尚 「あ〜・・・そんなことは、ありゃあせん。
この子は・・・はじめから、片方しか履いとりゃせん」
寅 「本当かい? 坊主は嘘ばっかりつくからなぁ」
女の子の全身のアップ。
そまつな身なり。(継ぎあてだらけの長めのスカートはところどころほころびている)
寅 「(煤けた手を見て)結構毛だらけ猫灰だらけ、あなたのオテテは煤だらけってね。
嬢ちゃん、火遊びは大人になってからにしましょうね」
和尚 「(すこしだけ気色ばんで)寅や、・・・この手は、天使が握った手じゃ。
そんな、ばちあたりは言わんほうが・・・ええ」
寅 「あれ?? 和尚さんはイエス様に鞍替えしたの??」
和尚 「寅、お前はしらんのか?・・・まあ、お前の頭では、無理も・・・ない。
正月で、皆、出払っておるでな。
今年は、お釈迦様系が、正月の当番にあたってしまっておる。
そこで、こうして、わしも元日から舟頭をつとめているという・・・わけでな」
寅 「それじゃ、なにかい? キリストもアラーもアマテラスも留守なの??
いいね〜、いいね〜、偉い人はいい! 労働者諸君は、こうやって盆も正月も
ないってやつだ」
和尚 「何をわからんことを言っておる。
・・・来年はユダヤ教が当番じゃから、来年の正月はゆっくり・・・やすめる」
寅 「住職! 来年のことをいうと鬼が笑うって、しらねえな?」
和尚 「寅、ここは天国じゃぞ。鬼など・・・いるものか。
くだらんことを言ってないで、
この女の子、これから先は、お前が連れて行って・・・くれ」
寅 「和尚さんも一緒に来てくれたってバチはあたらねぇんじゃないの?」
和尚 「川の真ん中で、携帯が鳴ってな。・・・向こう岸で待ってる人が・・・おる。
すぐに、もどらにゃ・・・いかん」
寅 「嬢ちゃん、それじゃ、おじちゃんと一緒にいきましょうね。
(横目で和尚をちらっと見て)薄情な人はほっときましょうね。
ところで、どこへ連れて行ったらいいの? 和尚さん」
和尚 「その子の・・・おばあさんの所じゃよ」
寅 「ほいきた、合点承知の助! おばあさんの所といやぁ、よく知ってるよ。
良い所だ、あそこはねぇ。 じゃ、なにかい?嬢ちゃんは、おばあさんの孫なの?
たにしたもんだよいなごのしょんべん、見上げたもんだよやねやのふんどし」
和尚 「寅、そのかばんに、売り物の靴、ありゃぁ・・・せんかの?
あったら、その子に履かしてやっては・・・くれんか?
あとで、代金は払ってやるから」
寅 「あ、そうだ、靴ね。あるある。
嬢ちゃん、靴のサイズはいくつ? へ? インチキ? インチ??
ふ〜ん、ま、見たとこ・・・・・・これでどうだい?
ほら、ほら、ほら、ぴったんこ。
長年商売していると、見る目がちがうねぇ。
見た瞬間、あ、これは七文三分って、すぐわかったね。
どう、赤くってかわいいねえ。
ほら、和尚! 見てくんねぇな。
にあうだろぉ? いい靴だからねぇ。
なにしろ、英国製だから。 ほら、このマーク。
本物の英語だ。 どうした!
え〜、こっちの、きたないでかい靴は、捨てちゃおうか? どうせ半端だし」
和尚 「こらこら、寅、捨てちゃ駄目だ。その靴は、おばあさんの形見・・・なんじゃ。
じゃ、寅、よろしく・・・たのむ」
舟が引き返す。
土手の上で見送る二人の後姿。
女の子は大きな靴をぶら下げて、もう片方の手で寅の上着の端を握っている。
傍らの土手には看板が立っていて
『三途の川渡し舟到着場』 と書いてある。
寅 「あ〜、いい天気だ。
お嬢ちゃんを見てると、妹の 『さくら』
のチッチャイ頃を思い出すなぁ。
♪ このみち〜は〜 いつかきたみ〜ち〜
知らない? あ、そぉ
おじちゃんは、古いか? ん? あ〜あ〜そおだよ〜お〜
♪」
山茶花の生垣がある。
寅 「山茶花かぁ、おいちゃんを思い出すなぁ。
この生垣を曲がると、嬢ちゃんのおばあさんちだ」
女の子 「あ、おばあちゃんだ〜」
おばあちゃんが、にこにこと微笑んで立っている。
寅に向かって深々とお辞儀をしてから、女の子に向かって両手をひろげる。
女の子がおばあちゃんのふところに飛び込むように駆け寄る。
寅が屋根の上をまぶしそうに眺める。
そこには、黄色いハンカチがたくさんたなびいている。
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