はやいとこ片づけようぜ。あと30分で明日になっちまう。
エレベーターを降りたコジャックがクロッカーに話しかけながら、
非常階段を駆け上がる。
太い旗ざおがビルの屋上から通りに向かって斜め上方に突き出ている。
その先端に人がしがみついているシルエットが見える。
近くのネオンの灯りで、周囲は赤、黄、青に順番に浮かび上がり、
そして暗黒に沈む。
旗ざおの人物はちょうど影になっていてはっきりとは浮き上がらない。
屋上のドアが開いてコジャックとクロッカーが姿をあらわす。
帽子をかぶってコートの襟を立てて、コジャックが旗ざおに近づく。
ずいぶん探したぜ、とっつぁんよ。
もう、逃げられやしねえぜ。観念して降りてきな。
旗ざおの男から目を離さず、コジャックが言う。
クロッカー! 階段を見張ってろ! ドアの向こうでな。
誰も近寄らせるんじゃねえぜ。
左のポケットから棒のついた丸い飴をとり出す。
黒い革手袋の指の間にはさんだ包み紙をコートのポケットに入れながら
左頬と歯の間に飴玉を収める。
口の左端から飴の棒が突き出ている。
とっつぁんよ、鶏は今でも飼ってるのかい? 金の卵を産むやつさ。
黒い革手袋で被われた両手をこすり合わせながら旗ざおを見上げる。
なに、金はメッキだったってのかい。それでつぶして喰っちまったのかい。
気の毒なこった。
いや、とっつぁんのことじゃねえよ。 鶏が気の毒だと言ったんだ。
もう、いいかげんに降りてきたらどうだい。今夜はいやに冷えるじゃねえか。
豆の苗があんなに伸びたら、登ってみようかと誰でも思うだろうぜ。
だがな、とっつあん、金の卵を産む鶏は、誰もが盗もうとはしないはずだぜ。
いやさ、たとえメッキでもな。
豆の木を切り倒したのもまずかったな。
いくら田舎でも、ああでかい木を切り倒しちゃぁな。
かわいそうに、ベティの家はつぶれちゃったんだぜ。つきあってたんだろう?え? ベティと。学校じゃ有名だぜ。
そうそう、それからヘプバーン家の納屋もな。キャサリンが泣いてたぜ。
何の罪で追われてるのかわかってねえようだな、とっつぁんよ。
家屋損壊罪と鶏を盗んだ窃盗罪はとうに時効だぜ。
怪物を墜落させて殺害した件に関しちゃ、逮捕状は出てねえよ。相手が、雲の上の怪物ときちゃ、さすがのニューヨーク警察も手が出ねえのさ。
右のポケットをさぐりタバコを1本取り出す。
結んだ唇にタバコのフィルターを押し込むようにはさみ、手袋のまま
ブック型のマッチを軸をはずさずに擦る。
コジャックの顔が明るく浮かび上がる。
火が消えないように覆った左手に飴玉の棒がぶつかる。
なんてこった。
コジャックは禁煙中だったことに気づく。
とっつぁん、降りてきて吸わねえか。マルボロがお待ちかねだぜ。
老人が降りてくる。
今しがた火をつけたタバコを老人にくわえさせる。
あの怪物はそのあと腐っちまってな。なにしろあの図体だ。悪臭に耐えかねて、あのへん一帯に住んでたやつらはみんな引っ越しちまった。
とっつぁんも引っ越したんだっけなぁ。
俺が生まれる前の話だからだいぶ昔のことだがな。
ところが、最近、あの土地に家を建てて売りつけやがった商売人がいてな、
その家に住んだ連中が健康被害にあったってわけだ。
そうそう、とっつぁんの言い分もわかるぜ。
だけど、商売人は、原因は怪物の毒で、その原因はとっつぁんのせいだって
言ってるのさ。
そこで、裁判所がとっつぁんに逮捕状を出したってわけさ。
二人の顔が、ネオンの光に浮き上がりそして闇に消える。
コジャックの目に少しばかり微笑がうかぶ。
とっつぁん、俺の名を知りてえか?
ニューヨーク警察の主任刑事、コジャックだ。
あんたの息子っていうわけだ。どうぞよろしく。
老人はコジャックの顔を見つめる。
コジャックはコートのポケットに両手をつっこんだまま、
老人の驚いたような目を見つめながら言う。
クロッカー! そっちはもういいぜ。
ジャックを連れて行ってくれ。
ジャック・ジョーンズ、公害防止法第7条違反で逮捕する。
ワッパはかけなくてもいいだろう。
な、とっつぁん。
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