| 名作どうわ選 |
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2001/4/23 「かぐや姫」です。 |
| かぐや姫 原
ォ 作? |
| その女の子は、黄金色の竹の切り口に座って、たぬきうどんを注文されたマク |
| ドナルドの店員のような目をしてこちらを見ていた。 |
| 「あぶないじゃないの、そんなナタで。乱暴ね」 |
| と、聞いた経験のある声の中でもさらに1オクターブは高いトーンが、私の上品 |
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な鼓膜を痛めつけた。 |
| 「それに、おそいわよ。もう3年もここで待ってたんだから」 |
| 「誰と話をしているんだ。」と私は訊いた。 |
| 「えっ! うそー。迎えに来てくれたんじゃないの?」 |
| 「何か手違いがあったらしいな。お嬢ちゃん。」 |
| 「あなたは誰なの?」 |
| 「さかきのみやつこ」 |
| 「何をしているの」 |
| 「竹を商っているのさ」と私は厄介ごとに巻き込まれないように注意深く、答え |
| た。 |
| 「じゃ、私の面倒をみてくれない?」 |
| 私は昨夜の夢を呪った。 |
| 「名前を聞いてなかったな、お嬢ちゃん」 |
| 「名前? あなたがつけてよ」 |
| ばあさんに臍をなめられた夢が、まざまざと脳のスクリーンに映し出された。 |
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小さかった女の子もすぐに成長して『かぐや姫』と名前を付けたのだが、私が |
| つけたのではない。ばあさんがつけたのだ。 |
| はじめは隠し子だと疑っていたらしいが「皺だか目だかわからないような誰か |
| さんとは似ても似つかぬかわいい顔」に成長するにつれ、そんな疑惑はお笑い種 |
| だと思っているらしかった。ばあさんとはかなり気が合うらしく、キンキラ声と |
| それにまけじとさらに高音の笑い声が、私の頭のなかで、神戸製鋼とトヨタ自動 |
| 車のラグビーのように、モールで押しあいへしあいしていた。 |
| まだ半分にも満たない月が西側の窓から不機嫌そうに覗いていた。深刻な話に |
| はお似合いの雰囲気だ。 |
| 「水を飲みすぎたのかい、お嬢ちゃん。目からあふれる前にやめとかないと体に |
| 悪いぜ」 |
| 「かぐや姫は私たちと別れるのが辛いのよ」 |
| 私はばあさんの顔を見た。こんなにまじまじと見るのは何年ぶりだろうか。 |
| こんなことでもなければ見忘れてしまうところだ。 |
| 「……どういうことだ?」と私は先を促した。キャメルを口にくわえてジポーを |
| 探した。 |
| 「かぐや姫は月へ帰らなくてはいけないんですって。満月になったら」 |
| ジポーは机の上のにある古事記の下に隠れていた。 |
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「電波通信で連絡があったんですって」 |
| 「で、お嬢ちゃんはどこでそんな機械を手に入れたんだい?」 |
| 私は煙を吐き出しながら言った。オイルの匂いが部屋に充満した。 |
| 「金色の竹の筒よ。あんたがかぐや姫と一緒に持ってきたでしょ」 |
| 余計なことをして・・・と、その顔には書いてあった。 |
| 満月が中天にかかる頃、上空から宇宙船がおりてきた。帝が遣わした警備員は |
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何故か眠ってしまっていた。 |
| クイーンメリー号に似た船が物干しの上に浮いており、船の底の出入り口から |
| はしごが下りてきて、畠山みどりそっくりの女性が現れた。 |
| 「かぐや姫を育てていただいてありがとう」とその女はハスキーな声で言った。 |
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「彼女は大切な任務があるのです。月に戻して頂かなくてはなりません」 |
| 「パピ−ウォーカーになった覚えはないんだがね」 |
| 私は一応抗議の意思を明らかにしておこうと思って言ったのだが、その女は言葉 |
| ほど感謝している様子も、すまながってる感じもなかった。 |
| 「さ、行きましょう。かぐや姫様」 |
| 「おじいさん、おばあさん、…長い間…ありがとう…ございました。私…私…」 |
| 「お嬢ちゃんの両親の親になったことはないはずだが」と、泣いて何も言えずに |
| いるばあさんに代わって言ったつもりなのに、尻にあざが出来るほどつねられて |
| しまった。 |
| 「かぐや姫、私らのことは忘れて、しっかり頑張るんだよ」と、ばあさんが気丈 |
| にも、泣くのをやめて言った。 |
| 「早く行きな。船が重そうだ」と私は言った。 |
| これ以上愁嘆場が続くようなら、涙腺の堤防が崩壊してしまう、と思った。 |
| かぐや姫が去って、もう1年が過ぎた。 |
| 私は、竹薮で金色に光る竹を、再び見つけた。 |
| (さて、どうしたものか ……) |
| 私はその場に腰を下ろし、キャメルを取り出し口にくわえた。 |
| ジポーで火をつけると、キャメルはかびくさい匂いがした。 |
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了。 |
| 原
ォをご存知ですか? 日本のチャンドラー。 作品は少ないですが、ハードボイルドの 醍醐味が味わえます。 お薦めは「さらば長き眠り」。 日本のハードボイルドといえば他にいろいろな作家がおりますが、私は原 ォのほかには 大沢在昌と藤沢周平をあげます。 原 ォの方が地味な感じですが、ハードボイルドの正統派ですね。大沢在昌は華やかで すがね。 藤沢周平は彫り師シリーズがハードボイルド。これは文庫本の解説者が書いてるので、 間違いないでしょう。 お前はどう思うかって? 同感です。 藪野菜加太 |
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「かぐや姫」できました。
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