名作どうわ選 |
2001/3/31 「さるかに合戦」です。 |
さるかに合戦 藤沢周平 作? |
雑木林を抜けると薮があり小屋が見える。 |
猿は腕組みをして帰路をいそいでいた。 |
――やりすぎたか。 |
|
――しかし、あんなに早く柿の実がなるとは。 |
木に登ったとき柿の実を蟹のために採ってやろうと思ったのは確かだった。 |
しかし、ムスビメシ一個がこんなに多くの実になったのかと思うと、急にムシャ |
クシャしてきたのだ。 |
さっき一膳飯屋で茶漬けを食べていたときの話が、猿を憂鬱な気分にさせてい |
た。隣にすわった狐が、蟹が助っ人を頼んで仕返しを企んでいると、耳打ちをし |
てきたからだ。 |
まだ青い柿を蟹にぶつけたのはやりすぎだったか、と猿は後悔していた。狐の |
メシ代を払ったこともさらに憂鬱さを深めた。 |
――まあ、明日謝りに行こう、土産はシャボンにするか。 |
小屋の戸を開けながら、猿は異変を感じた。引き戸と柱の間に見たこともない |
昆布が挟まっていた。 |
用心深く猿は囲炉裏に腰をおろして、火箸を持った。襲ってきたら武器にする |
つもりだ。 |
「蟹に頼まれたのか。隠れていないで出てきたらどうだ」 |
囲炉裏の火がはじける音だけが聞こえた。 |
蟹の仲間とすれば、海老か、ザリガニか、ヤドカリか、と猿は考えたが、いず |
れにしろこの焼け火箸で十分だと猿は思った。まあハサミムシはあるまいと思っ |
た。弱すぎるからだ。 |
火箸を囲炉裏の火の下に差し込んだ。 |
――熱いにこしたことはあるまい。 |
火箸の先に丸いものが触れた。同時に懐かしいにおいがした。秋ももう終わり |
という頃、焚き火のそばで嗅いだあのにおいだ。 |
「お、栗か」と声を発したと同時に火のついた小枝と赤くなった炭と灰が、猿 |
の顔をめがけて飛んだ。爆発音は聞こえなかった。 |
失明すると猿は感じて、土間の隅の水瓶に走った。蓋をとって水に顔をつけた |
とき、突き出した尻に激痛がはしった。刺したのは蜂だと猿にはわかった。以前 |
にも刺されたことがあるからだ。 |
――医者へいそがなくては。 |
猿は二度目に蜂に刺されると危ないということを、はじめに刺されたとき治療 |
を受けた隣の獣医師に聞いて知っていた。 |
戸を蹴破って外へ飛び出したとき、強い衝撃を受けて猿は意識を失った。間に |
合わなかったと、猿は思った。 |
「気づいたか」 |
と猿を覗き込んで獣医師が言った。 |
「今、包帯を交換しているところだ。ひどい目にあったな」 |
「私はどうしたのでしょうか」 |
「両腕と両足、腰の骨が折れているし、あばらも六本折れた」 |
まあ、臼のドロップキックを受けたのだから、頭が無事なだけ幸運だったと思 |
うんだな、と言いながら獣医師は無造作に尻の消毒を始めた。 |
「これでよし、と」 |
「私はどうなるのでしょう」 |
と猿は訊ねた。 |
「まあ、しばらくはこのまま入院だな。足はがにまたになってしまうが」 |
猿は、獣医師の声をぼんやりと聞いていた。尻も顔も赤くなるだろう、という |
言葉は、もう猿の耳には届いていなかった。 |
猿は、気を失っている間に届けられたらしい見舞いの品を見つめていた。それ |
は、桃とキビ団子だった。 |
猿の目から涙がこぼれ落ちた。 |
おわり。 |
ところで、本屋さんで見たら、「さるかに合戦」ではなく「さるかにばなし」になってました。 合戦は子供の教育上よろしくないということでしょうか。 雪合戦は雪ぶつけあい遊び、姉川の合戦は姉川のチャンバラとでもいうのでしょうか。 藪野菜加太 |
でおくれ とことこ さん 投稿日:2001年03月31日(土) 17時17分 |