名作どうわ選 |
2001/3/10 「桃太郎」です。 |
桃太郎(1) 坪田譲治 |
ちかごろ、おばあさんは夢を見ているのか本当のできごとなのか、よくわから |
ない気分になることがあります。 |
よく晴れた日には、おばあさんはいつも家の側の川へ出かけます。小さな川で |
若い人なら飛び越えられるほどです。そこの洗い場にたらいを持ってきて、洗濯 |
をするのですが、ときどきぼんやりと、少し上流の丸木橋を見ているときがあり |
ます。 |
もう何十年も前のことなのに、太郎がこの川の丸木橋で遊んでいるのがみえる |
ような気がします。いや、実際、活発な太郎が丸木橋で飛び跳ねているのが見え |
るのです。 |
「ねえ、ねえ、おかあさん。ほら、ぼく、じょうずでしょ」 |
「じょうずねえ。でも危ないからひとりのときはだめよ」とおばあさんは声を |
出して言ってみました。その声が自分の耳に聞こえたとき、おばあさんは、太郎 |
がこの川に流されて死んでしまったことを思い出しました。 |
きょうも、洗濯の手をやすめて、丸木橋のほうを見ていると、なんだか大きな |
丸いものが流れてくるのが見えました。 |
「あれ、まあ、大きな桃だこと」 |
おばあさんは、桃がこのまま流れていくのがかわいそうに思えました。膝の上 |
まで水につかりながら、ようやく大きな桃を拾い上げました。 |
「こんなに流されて、たいへんだったろう」 |
おばあさんは、もう桃が太郎と同じように思えてなりませんでした。 |
それで、家に帰るなり、おじいさんに大きな声で知らせました。 |
「おじいさん、太郎が戻りましたよ」 (つづく) |
桃太郎(2) パトリシア・コーンウェル(相原真理子・訳) |
モルグへ戻ると、ケイ検屍官は、遺体を冷蔵室から出すようアレックスに指示 |
した。 |
「その前にシナモンティーでもいかがです」とアレックスが言った。 |
「けっこうよ、はやくかたずけましょう」 |
シートをめくり、遺体全体を観察した。異様に赤い皮膚。パーマをかけた髪。 |
唇からはみ出ている犬歯。胸毛。そして、虎の皮のブリーフ。 |
「アレックス、目のところの傷にビニールテープを張ってちょうだい」 |
ケイは、遺体の目の付近のいくつもの細かい刺し傷を指して言った。 |
「ほら、細かい粉状のものが付いているでしょう。あとで、テープを顕微鏡で |
観察してみましょう」 |
前胸部の胸毛に隠れて数本の線状の傷が認められた。 |
「アレックス、ここの胸毛を切り取って試験管に入れておいてちょうだい」 |
証拠になりそうな発見が次々とあらわれ、ケイは少しづつ上機嫌になった。 |
「あら、この右の脛にある傷は何かの歯形みたいねえ。ここの傷にも何かがつ |
いてるわ」 |
「検屍官、この遺体は、なんなんでしょうね」 |
「鬼にきまってるでしょ。ほら角がはえてるじゃない」 |
ケイは、ビニールテープを顕微鏡にセットして、覗きながら言った。 |
「アレックス、ほら、この粉はイネ科のキビよ。きっと胸毛についているのも |
脛の傷についている粉も同じだわ」 |
「ケイ検屍官、死因はなんでしょうか」 |
「死因は、頚動脈を切られたことによる失血死ね。腹にわらじのあとがあるで |
しょう。ここに足をかけて首にきりつけたのね」 |
ケイは、報告書を書き始めた。 |
死因・左頚動脈切断による失血死。 |
その他の身体所見・両眼周辺に鳥の嘴による刺し傷多数。キビの粉付着。 |
前胸部に引掻き傷あり。キビの粉付着。 |
右脛部に噛み傷あり。キビの破片付着。 |
腹部に草鞋の跡あり。形状は小さい。 |
「犯人は桃太郎よ。賭けてもいいわ」自信たっぷりにケイは言った。 |
「昔、おばあちゃんから聞いたもの」 |
(おしまい) |
坪田譲治ってご存知ですか。 私は、この人の小説が好きです。 善太と三平のでてくるお話では、「風の中の子供」が大好きです。 三平が父親がまだ警察から帰ってないことを下駄箱のなかの履物で知って 地面に落書きをして、善太が覗き込むところでは、不覚にも涙が出てしまい ます。 また、おじいさんが出てくる話も味わい深いものがあります。 「子供の四季」では、おばあさんが活躍します。 今、本屋さんで探しても文庫本さえなかなか見当たりません。 我が家でも、たしかにあったのですが、今見当たりません。 見つかったら、読み直して、もしかしたらちょっとなおすかもしれません。 なんだかしらないけれど、桃太郎を書いていて、涙が出そうになりました。 おかしなことです。 コーンウェルのケイ・スカーペッタ検屍官のシリーズは衝撃的でした。 |
YABU さん
2001年03月10日(土) 22時12分 そうそう、河童の話っていう譲治の童話があります。 |