名作どうわ選 |
2001/3/6 「うらしま太郎」です。 |
うらしま太郎(1) 司馬遼太郎 |
瀬戸内海に面した半島に、詫間という名の古い集落がある。 |
この村の小さな入り江に一人の男の子が生まれた。 |
名は太郎という。姓は浦島と伝わるが定かではない。地名とする説もある。 |
太郎は、おなじ太郎でも、武人の桃太郎のように武器を携帯しているわけでも |
なく、野蛮人の金太郎のように 熊を投げとばすほどの力持ちではなかったが、 |
「気のやさしさ」だけは共通している。 |
弁天の浜で太郎はその亀に逢うのだが、亀の種類に関する資料は未だ見つかっ |
ていない。 |
「その亀、放してやれ」 |
太郎の声に振り向いた子供らは、日ごろやさしい物言いの太郎の、意外に厳しい |
声音に気おされた。ちょっと不満そうに頬をふくらましたが、存外すなおに亀を |
開放した。 |
太郎は、自分の入り江の生き物が虐げられることにがまんできなかったのだ。 |
この土俗的な感情は軽度の場合はユーモアになる。しかし、重度の場合は国を滅 |
ぼす。(昭和初期の日本を見ればわかる) |
さて、話は数年後にとぶ。 (つづく) |
うらしま太郎(2) 三遊亭円生 |
えェ、浦島太郎さんは、竜宮城で楽しい思いを、この、いろいろいたしまして |
いよいよ・・・(傍らの湯飲みのふたをとり一口すする)亀さんの背中にまたがりましてな |
お国へ帰ろうという・・・。 |
(太郎の態)「まあ、しかしなんだね、亀さんよ、箱崎の海岸におまえさんが出 |
てきたときには驚いたねえ。えぇ、りっぱになってねえ。 |
ま、助けられた恩を果たそうってぇ、いい心がけしてるねえ。亀にしとくのは |
惜しいやねえ。 |
え? ちかごろじゃあ人間のほうが薄情ですう? ちげえねえ。 |
まあ、なんだねぇ、竜宮城というとこは・・・、ぇへへへ、乙なもんだねえ。 |
えぇ? ぇへへ 乙姫なんざあ、また、いい女だねえ。 |
なんだい? だいぶ長逗留でござんしたねえ? ぇへへへ、亀、いやみはよしに |
しねえ。いや、すぐ帰るつもりだったんだけれども、乙姫が、こう、おれの袖を |
引っ張って、とめたからねえ。えぇ? お前さんも見てただろう? |
『(女の声色で)あら、もうおかえり? 陸じゃ、いい人が待ってるんでしょ』 |
『そんなんじゃねえやな、おそくなっちゃそっちが迷惑じゃないかと思ってよ』 |
『まあ、そんな口のうまいことを、口惜しい』なんてね、こうぎゅっと尻のあた |
りをつねったね。・・・えぇ・・・痛い? なんだ亀の首じゃねえか。がまんしろい。 |
『そんなこというんなら泊まっていこうじゃねえか』 |
『あらうれしい』なんてね。乙姫も女なんだねえ。『(そばにいるひらめに向かって) |
あ、ひらめ、あの、たこのおばあさんにそう言って、お酒と、それから、肴に・・・ |
そうさね、昆布の煮しめと もずく酢をすぐ持ってきてって、ね、わかったかい』 |
なんて、へへ、上ずった声をだしゃあがってね・・・、おれが『冗談じゃねえや、 |
そう昆布ばっかり食えるかい。鯛の刺身を持って来い』なんていったときにゃ、 |
さすがの乙姫も驚いたね。 |
『鯛はわたしの乳母なんですの・・・』なんて涙ぐんだりして。 |
『むむ、なんと(急に歌舞伎調になる)・・・そんなら鯛は、そちのメノトとなぁ・・・。 |
すりゃ、おまえは、鯛のお乳でこれまで無事に・・・』 |
『あ〜い』 |
『お前にとっては大恩ある鯛、おれにとっても・・・、む・・・ これじゃあ刺身はぁ、 |
食べられねえ〜』」 |
(亀の態)「ちょっと、だんな、浦島のだんな、そんなにそっくりかえっちゃ、 |
落ちちゃいますよ」 |
えぇ、うらしまの「2」でございました。 (つづく) |
うらしま太郎(3) 徳川夢声 |
そのとき、浦島は考えた。 |
・・・・・・手もとには・・・・・・箱があった。 |
・・・・・・蓋を開けると・・・・・・白い・・・煙が・・・あがる。 |
煙が去ると・・・・・・そこに・・・ひとりの老人が現れたのである。 |
(了) (↑絵亭さまから頂きました) |
この童話を書いている三人の方々はすでにこの世の人ではありません。 円生さんを聞いたことない方は、ちょっと語り口が違うけど、志ん朝、とか、 小朝なんかを思い浮かべて読んでください。 夢声はご存知ない方も大勢いるでしょうね。ちょっとアインシュタインみたい な風貌でね。無声映画時代の活弁士で、テレビにも出てました。 宮本武蔵(吉川英治)の朗読(ラジオ番組)が有名でした。 ま、いずれにせよ、「うらしま太郎」は50代以上が対象ですね。 |
「名作どうわ選」です。 |